鬼はぁ~そとぉー♪!
福はぁ~うちぃー♪!

 

節分の時に巷に聞こえる子供たちの笑い声、はしゃぐ声、そして豆まきの掛け声!

日本、ステキッ!

って思える一時ですね。

さて、この豆まきは、なぜ豆を使うのでしょうか?

しかもその豆は大豆なのも何故なのでしょうか?

節分の最中、子供から

  • どうしてまめまきのマメは豆なの?(まめマメ豆?)
  • どうしてこの豆(大豆)?
  • ピーナッツじゃダメ?

 

な~んて、子供から「何故なぜ質問攻撃」を受けた記憶を思い出したので調べてみました。

皆さんのお子さんの、何故なぜ質問攻撃の参考になれば幸いです。
どうぞお付き合い下さい。

なお、

節分に豆まきをする由来とは?子供から聞かれてとまどっちゃった!

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節分に豆まきをする由来とは?子供から聞かれてとまどっちゃった!

も、併せてご参考いただければ嬉しくお存じます。

 

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節分の豆まきは豆であるべきその真実は

『古事記』に、イザナギが黄泉の国から必死に逃れるとき、鬼を振り切るために投げ付けたのが桃の実であった、と記載があるようです。

桃が悪魔を追い払うという桃信仰がすたれ、変わってでてきたのが大豆だった。そして、この豆を炒って「鬼打豆」と称し、豆まきに用いたのです。

節分に豆をまいて悪魔を払う事には、こんな真実があったようです。

 

詳しくは、こちらをご参考にどうぞ。

 

 

 

大豆じゃなきゃダメな理由はこれだった!


日本人は昔から、大豆は米よりももっと力が付く食べ物である事をよく知っていたのでしょう!「畑の肉」といわれ、豊かな蛋白質を有するのが大豆だからです。

節分に豆を撒いて悪魔を祓う事は、江戸時代になって盛んになりだしました。

豆まきの由来は、

  1. 日本人独特の「穀霊信仰」の表れ
  2. 中国の習俗が伝わったもの
  3. 毘沙門天のお告げによる
  4. 語呂合わせ的な意味合い

 

など、いろんな説があるようです。

個人的には、この中のどれか一つが大本の由来や意味というわけではなく、全てが入り混じって、長い年月を経た結果が「豆まき」の豆になったと思っております。

では早速進んでいきましょう。

 

 

1.日本人独特の「穀霊信仰」の表れ

「古事記」と「日本書紀」の記紀神話にあらわれる八百万神(やおよろずのかみ)の世界、日本にはなんとも様々な神様がたくさんいらっしゃるのですね、頼もしい限り!ですね。

 

そんな多神教の中に、日本人独特の「穀霊信仰」があります。

日本人は、農耕民族としての長い歴史の中で、八百万の神様が穀物にも宿っていると考え、五穀(米、麦、あわ、ひえ、豆)にも災いを払う霊力があると信じてきたようです。

古事記にも米をはじめ穀物に関係のある神様が出てくるようです。

今でも神社などでは「散米」の行事・神事が行われてますね。

お祓(はら)いや清めの目的で米をまき、米に宿る神力によって悪魔や悪霊を追い払おうということですね。

この穀霊信仰を踏まえて次章以下の理由と合さり、豆まきは「五穀の中の大豆」になったものと思われます。

 

 

2.中国の習俗が伝わったもの

 

中国には陰陽五行説というのがあります。

宇宙のあらゆる物を生成させる根本元素は、木・火・土・金・水の5つであるという説です。

これに加え、鬼とは、陰(おん)、隠人(おんにん)という得体の知れないもので悪鬼や厄災のことから言い表しているようです。

ここで「火に勝つのは水、水に勝つのは土・・・」という「五行相剋説(そうこくせつ)」というのがあって鬼に勝つには・・・ということへ発展していったようです。

これはつまり、

  • 鬼は金棒を持つ → 鬼は「金」
  • 固い大豆 → 固いから「金」

さらに大豆に火を加え炒り豆にすることで、火 は金(金属)を溶かし「火剋金(かこくごん)」で相手を討ち滅ぼしていく相剋関係になります。

→ 【鬼を溶かし負かすことに繋がる】

 

また炒った豆を投げることが、炒(い)ることで射(い)るに通じる。

→ 【鬼を射負かすことに繋がる】

 

さらに固い豆だけど炒って食べる事ができるようになります。

→ 【鬼を食べ負かすことに繋がる】

 

これが総じて、豆をかみ砕いて食べることで鬼退治ができるということに繋がるわけです。

 

 

 

3.毘沙門天のお告げによる

室町時代中期に学僧行誉(ぎょうよ)により編纂された「壒嚢鈔 」(あいのうしょう)、今でいう百科事典のようなものと思っていただければいいようです。

その中で、鞍馬山の奥深くに鬼が住んでおり、都に押し入る計画を立てていたと。

それを毘沙門天のお告げによって鬼の目に大豆を投げつけたところ、鬼を退治できたという伝説が記載されているようです。

これには、【三斛三斗ノ大豆ヲ熬テ鬼ノ目ヲ打ハ・・・云々】とあり、鬼の目をめがけて豆まきではなく大豆を熱く炒って打ち放ったようです。

熱い豆が目に当たったら、鬼も退散するしかないですよね、トホホですね。

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4.語呂合わせ的な意味合い

「壒嚢鈔 」(あいのうしょう)の伝説話が、鬼の「魔の目(魔目=まめ)」に豆を投げて「魔を滅する(魔滅=まめ)」になって豆(まめ)をまくようになった。

これはなんともスベリそうな語呂合わせですが、新年に向けての無病息災を祈る意味が込められていたのでしょう。

昔人は、なんとも悠長でシャレが分かって愛嬌のありそうな、気の長そうな、そうアクセクしない生き方をしていたようにも感じます。

  • いいぞ、日本!
  • 日の本の国は本当に素晴らしい!

そんな風に感じるのは、私だけでしょうか?!

 

落花生(ピーナッツ)はどうなのか?

上記で、豆まきの始まりは古事記にも記載があり、江戸時代になって盛んになりだした、と申し上げました。

では、落花生(ピーナッツ)はといえば、南米原産で東アジアを経由して江戸時代に日本に持ち込まれたと言われています。

つまりは、豆まきの神事が落花生が日本に根付く以前の早い時代に行われていたため、豆まきのマメは、本来は大豆がはじまりということになります。

ただ、現代では大豆を炒ったものより、落花生の方が

  • 面倒がない
  • 部屋が汚れない
  • まいた後に食べるには衛生的(落花生の皮をむいて食べるから)

との理由などで、好んで落花生で豆まきをする方もいるようです。

これは、その方々の好みですから、どちらでもいいように考えがちですが、せっかくの年一回の行事です。

家庭で神事的に行うので、子供達への

  • 思い出作り
  • 認識作り(教育なんて程おこがましいモノではなく)

として行えれば、より深く心に残るでしょう!

なので、正当に大豆を使うのがいいでしょう。

 

豆以外ではどうなのか?

イザナギが鬼を振り切るために投げ付けたのが桃の実で、桃信仰がすたれて豆になったと上記しました。

これから考えれば、豆以外を鬼にまき、追い払おうとすることはアリとは思います、が、、、

前記しましたが、豆まきを年中行事の一コマで家族で楽しんで、子供達が喜んでくれればそれでいい!と考えるかどうかが大切だと思うのです。

つまり、神事としての豆まきなんだよ!

と、子供達も日本の旧新年の行事として考えてくれるような、そんな考え方を育んでくれたらうれしいと思うのは私だけでしょうか?

 

風習に習うか臨機応変に考えるかはそれぞれですが、より子供たちの思い出が膨らみ、豊かな考え方を持てる大人へと育ってくれることを祈りたいものですね!

 

まとめ

節分の豆まきは、どうして豆なのかその由来をみてきました。

日本人の風習は、

  • 今に感謝して!
  • 明日をよりよく過ごせるように!

 

と、八百万の神々にお祈りする土地柄の民族。

五穀にさえ神が宿り、感謝して、新年を祝い祈念する姿勢の日本人、

ステキッ!

って、大きな声で叫びたくなっちゃいます。

今年も節分には、子供たちの笑顔とはしゃぐ声で鬼さんたちを追い払い新たなしあわせ、福を呼び込みたいものですね!

あなとあなたのご家族のしあわせを心から願っております。

最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。

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